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「リトレース」
…◇◆◇…

「なぁ!ハイオク!ハイオクだってよっ!?」
「廃屋ぅ?」
 田代康男のカタカナ発音を椚原翔は、小学1年生にあるまじき漢字変換で聞き取った。
こういう何げない場面に、その子供の家庭環境が出るのだ。これが、自動車好きの子供なら『ハイオクガソリン』とでも聞き返すところだろう。
「おまえ、廃屋なんて意味知ってるのかよ?どっかの空き家だろう?すぐ次の住人が越してくるさ」
「でもよ。われら探偵団としては一応調べておくべきなんじゃねーのか?」
康男の誘いを翔はあっさり却下する。
「そこで何か事件でもあったってならともかく、空き家を見学に行くのなんかパス」
「あ。ボクも今日は家族で出かけるから、参加できません」
(探偵団)の一員である泉良彦が、昇降口で几帳面そうに靴ヒモを直しながら話しに入ってきた。
「いいじゃねーかよー。もしかしたら、オレ達の秘密基地にできるかもしれねえんだぞー?」
 (それが狙いかよ)
翔の内心の呟きを聞き取ったかのように、藪茂しいねが、自分も靴を下足箱から取り出しながら言った。
「たとえ空き家でも、不法侵入は犯罪よ…?」
「ちぇーっ…いいじゃんかよーっ。怪しい人影を見た!って言う噂もあるんだぜー?」
まだ諦め切れずにごちゃごちゃと理由を並べる康男を置いて、昇降口から校庭に降りた翔を、同じく(探偵団)の一員である保坂初美が追って来た。
 「ねぇ、カケルくん?今日、後でカケルくんち行ってもいい?…新しいラビットフードみつけたの。『森のクッキー屋さん』って言うのよ♪おいしそうでしょ?」
「タテル兄ちゃんの部屋ぁ?どうかなぁ?」
翔は、興味無さそうに返事をした。
マンション住まいでペットが飼えない初美は、ペットショップで可愛いグッズやおやつを買い込んでは、屋敷建の鳩やウサギに与えるのを趣味にしているのだった。
 「…今日は、ダメなの?」
ちょっと悲しそうな顔になる初美に、しいねが声をかける。
「あら、大丈夫よ。タテルちゃんが、女の子のお願いを断るわけが無いじゃないの」
「え?ううん、いいの。だって、建お兄ちゃん、今忙しいんでしょ?きっと手品の練習とかしてるのよね?」
「…練習っていうよりも…研究……」
翔が、またぼそぼそとつぶやいた。どこかつまらなそうなその表情を見逃した初美が、楽しそうに言う。
「今度公民館のお楽しみ会で、建お兄ちゃんオンステージだもんねーっ♪うちのママも楽しみだって言ってたもん。…どんな手品見せてもらえるのかなー?」
 家に帰る分かれ道で、楽しそうに手を振ると、初美は角を曲がった。
 二人きりになると、しいねが、たいして興味も無さそうに、それでも話しかける。
「大人気ね、タテルちゃん。公民館の大ホールの話しでしょ?市民の日のアトラクション、だったかしら?」
翔は、むすっとしたまま答えない。
「何スネてるのか知らないけど。…まさか、大好きなお兄ちゃんが町の皆にとられそうで嫌だ…なんて理由なんじゃないでしょうね?」
皮肉めいた洞察を披露する時の、猫の瞳のような彼女の視線に、翔が怒ったように振向く。
「そんなんじゃねーよ。ばーろ!」
 家で二人の兄に対する時の態度や口調とは雲泥の差がある。
「ブラコン」
 幼馴染でお隣さんで遠い親戚の少女の決め付けに、翔はイヤそうに顔をしかめた。
「別に…別に、町の連中なんか、何人集まろうが、関係ねーよ」
そう。どんなに人が詰めかけ屋敷建に声援を送ろうとも、そんなのは、ただの観客だ。
あの兄は、観客を楽しませることには専心するだろうが、それは決して個のレベルまでは下りて行かない。
でも、一人だけ。
あの兄の前に、個人として立つ者が、一人だけいる。
そして、ややこしいことに、その一人は。
翔自身にとって、特別なもう一人なのだ。


「あのよぅ…」
翔は、足元の小石を蹴飛ばすと、下を向いたまま話し出した。
 しいねは、無表情に自分の進む前だけを見ている。
けれど、彼女がちゃんと話しを聞いていることはわかっていたので、翔は話しを続ける。
「タテル兄ちゃんはさ…手品を見せてくれることはあっても、練習してるとこを見せてくれたことは一度もねーんだ」
「当然でしょ?タテルちゃんが、未完成な技を披露するわけ無いじゃない。」
 「でも…でも、そーいち兄ちゃんは、ちゃんと見せてもらえるんだぜ?」
 無表情のまま、しいねが、話しの先を促す。
「タテル兄ちゃんの部屋に…そーいち兄ちゃんだけが入れるんだ。それで、手品の批評とか、相談とか、そーいち兄ちゃんだけが、相談してもらえるんだ。」
 相談してもらえる、という表現に、少女の口元が少しだけ笑った。
「あら?なぁにやきもち焼いてるの?…同じ兄弟なのに、自分だけがノケモノの気分?」
からかうようなその言い方に、翔は不満そうに唇を尖らせた。
「除け者、とまでは言わねーよ!ただ、たださぁ、オレだって、タテル兄ちゃんの力になれるかもしれないじゃねえかよっ?!年が同じだからって、そーいち兄ちゃんばっかりっ」
「それがヤキモチ」
 しいねは、おかしそうにくすくす笑ったが、すぐにその笑いを消し、真面目な顔をして言った。「仕方ないわよ。年齢がどうこう以前の問題ね…そーちゃんは、屋敷築を知っている。あなたは、会った事が無い。…この差は永遠に埋まらないと思うわ。」
「だって、だって!」
「まぁ、いいから話しを聞きなさいよ。…ま、私の話しだってママからの受け売りだけど。」
そう前置きすると、しいねは昨日の夕飯の献立でも復唱するような、気負いの無い口調のまま、彼女の母から聞いた昔話を始めた。


…◇◆◇…


 


くるくると、本物の魔法使いのように建の父、屋敷築の指先から掌から生まれ、湧き出し零れ落ちてゆく、うつくしいもの。
 冷静な大人の目で見れば、それはただのカラーボールやガラス球やリボンやぬいぐるみでしかなかったのかもしれない。
けれども、それはたった二人っきりの観客である子供にとっては、終わりの無い夢のようなものだった。
ひとしきり手妻を披露すると彼の人は、小さな息子を手招きし、その奇跡の指を、小さな手に沿えて手ほどきをするのが常だった。
 父のように、くるくると指先が動くまで、幾度小さな掌は、うつくしいこぼれものを取りこぼしてしまったことか。
そして、もう一人の子供が、けらけらとそれをからかうのだった。


やがて、小さな掌が、彼の人のように奇跡を生み出せるようになると、もう一人の子供から投げられる笑い声は、なんとかして奇跡の正体を見破ろうとする真剣な凝視に変わった。
 その真剣な眼差しと、父親の満足そうな(けれど真摯な)眼差しの、その二つの間で、父と同じ魔法を使う時間が、その子供の何よりも幸せなときだった。


…◇◆◇…


 


「わかるかしら?…タテルちゃんにとっては、そーちゃんが見ていてくれるってことが、大切なのよ。…そーちゃんに、何かアドバイスを期待してるっていうよりは、タテルちゃんにとっての想い出の一部として必要なのよね…」
しばらく無言でいた翔は
「…それって、なんかイヤだなぁ…」 とつぶやいた。
 「あら。まーだヤキモチが収まらないの?」
 「…ヤキモチ、とか…そーいうんじゃねーよ。なんか…なんかさぁ、それって不健全っぽくねえか?」


大事な兄の片方が、翔が会った事の無い相手の面影を追って、目の前にいる兄弟も想い出のよすがでしかないかのような指摘はなんだか、嫌だ。
 しいねが笑った。
「あら?大切なものなんて、人それぞれじゃないの?第一、それってタテルちゃんとそーちゃんの二人に対して失礼よ…椚原くんにはあの二人が思い出しか追いかけてない人に見えるの?」
そう言って、彼女は笑った。いつものシニカルな笑みではなかった。


 


…◇◆◇…        


        


 


「これ、違うよなーっ!なんか、違うよなーっ!!??」
「おめーしつっこ過ぎっ!!この俺が見て、(うっわー、すげぇ…)とか思っちまうんだぞ?誇れ!!だいたい、そんな気合い入れねえでも、公民館で町内の連中に見せるだけだろー?」
「何を言う!そーいち、きさまは、エンターティメントを!この屋敷建サマを!マジッシャンを!なんと心得るかっ!?舞台が何処だろうと、観客が誰だろうと、何人いようともっ!!常に真剣にだなぁっっっ!!」
「あ~~わかったわかった…俺が悪かった。失言だった。だから、んな握り拳固めるんじゃねえっ!!…鳩が潰れるぞっ!!」
「誰が潰すかっ!?きさま、ますますもって手品をなんと心得おるっ!そこへなおれっ!手打ちにいたすっ!…あ、そーだ♪なぁなぁそーいちちゃーん?こう…箱の中に入ってさぁ?刀で真っ二つ!!あら不思議、元通り♪ってあれ。あれやってみようぜ?」
「誰が切られる方なんだ?てめえか?」
「イヤなそーいちちゃん♪マジッシャンは俺よん?切られるのはアシスタント♪」
「てめえが切られろおおおお!!」


…◇◆◇…


 


そんなやりとりの後、恒例のどたばた暴れる音が響く。
兄の部屋の前で、翔は頭痛でも起こしたようにこめかみを押さえた。


(しーね……おめーに聞いた、兄ちゃんのウツクシイ絆…オレ、信じられねー)


 

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