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■━■━■ [創作] 3兄弟モノ ■━■━■
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「  」
◇◆◇


書いた本人さえ、登場人物名を忘れそうになっているので、改めてざっくり紹介。

椚原聡一(くぬぎはらそーいち)
高校1年。長男ポジション。スポーツ万能成績優秀なれど、音楽芸術関係が全てを飲み込む残念さを誇る。

屋敷建(やしきたてる)
高校一年。次男ポジション。聡一の従兄(父親同士が兄弟)。早くに父を亡くし椚原家で育てられた。家事全般を受け持つ。

椚原翔(くぬぎはらかける)
聡一の弟。小学一年生。

藪茂 しいね (やぶしげ しいね)
小学一年生。屋敷建の親戚。(母親同士が姉妹)つまり椚原の二人(聡一、翔)にとっても親戚。

藪茂由香里(やぶしげ ゆかり)
今回初登場。しいねの母。屋敷建の母の実妹。

◇◆◇

椚原家の長男ポジションである、椚原聡一は、彼が通う高校の南校舎と北校舎にはさまれた、日当たりのいまいちよくない中庭にある花壇の間を、急ぎ足で歩いていた。

放課後の校舎は賑やかだ。
やや調子の外れたトランペットは、北校舎の3階奥の吹奏楽部から。そのファンファーレを追うように、勢いよくドラムとシロフォンが響く。マーチングバンド部だ。ピアノに合わせた合唱に、「ファイッ!おーーー!!」と、運動部の掛け声が重なる。

聡一の通う高校は古い歴史と偏差値の高さを誇る名門校であり、文武両道、生徒の自主性を重んじる自由な校風でも知られている。そんなわけでクラブ、部活、同好会の類はとても数が多い。中庭を抜け、体育館に続く渡り廊下の踏み板を、土足で踏まないよう飛び越す聡一に、体育館の入り口でスポーツバッグを抱えた体操着の男子が声をかける。

「あれ?椚原ー?今から部活?」
「おぅ!」
「なんだよ、制服で?今頃」
「化学!!つーわけで部活に遅刻しそうなんだ、またな~」


「当番かー」という相槌を背中で聞きながら、聡一は走る速度を上げようとし……柔道着を着た一団に行く手をさえぎられ、その場で足踏みをするはめになった。
(あー、もう!)ごたごたと団子になって走り過ぎる柔道部の横をすりぬけるように体育館の壁沿いに向かう聡一。
彼のこの部活遅刻状態は全て、化学の当番に当たってしまった事から始まっている。
まず、化学室のある実験棟が校舎から遠い。
そして時間割は7時限目、最後の授業である。
さらに、当番である聡一はジャンケンで負け、化学室に鍵をかけ、その鍵を化学担当の教師に届ける係りになってしまった。
トドメは、いつもなら化学室の隣にある準備室に居るはずの担当教師が、今日に限って本校舎の職員室に戻ってしまっていたのだからたまらない。


「遅くなりました!1年はいりますっ!」
聡一が大声で挨拶しながら部室の扉を開ける。
「椚原?」飛び込んできた後輩の顔をたしかめるように、3年の部長が目を細めた。
1,2年の姿は無く、部室はガランとしている。
(あっちゃー。もうランニング行っちまったのか)
「すいません!遅くなりました!」再度挨拶をする聡一に、部長が言った。
「部活休みだろ?どうしたんだ?」
「へ?」
「椚原は、保護者から帰宅させてくれと連絡が入ったんで、部活は休みだって丸先が言ってきたぞ?」
丸先、とは部活の顧問である丸山先生のあだ名だ。顧問の教師に、保護者から電話が入ったのだと部長は言う。
「いえ、俺何も聞いてません。ちょ、ちょっと失礼します。ケイタイ使用してよろしいでしょうか?」
「あぁ、早く家に帰れよ?」
学校の敷地内では使用禁止が建て前の携帯を取り出すと、そこには着信アリの表示が光っていた。
「うわ、由香里さんから!」
「いいからさっさと帰れ」


追い出されるように部室から出された聡一は、ひとつ溜息をつくと、もう一度携帯のメールを読み直した。
メールの文章は『寄り道しないで帰って来てください。』という、実に簡単なものだった。
差出人の名前は『藪茂由香里』
この名前には逆らえないし、逆らう気も無い。


聡一が自宅に戻り、制服のまま茶の間に顔を出す。
畳敷きの和室と、フローリングの洋室が半々になったような作りの、その茶の間で、椚原家の二男ポジション(本人はこれを否定している)屋敷建が、いそいそと茶を淹れていた。
フローリングのソファには、春物の薄手のカーディガンをはおった女性が腰かけて、彼女の(マイ湯飲み)でゆったりとお茶を飲んでいる。
女性の名は、藪茂由香里。建の叔母であり、両親そろって海外出張中の椚原家の子供たちの保護者役である。


薮内由香里と、椚原家の付き合いは深い。
屋敷建の父である屋敷築は、椚原聡一の父の実弟だ。
建築家、それも美術館やコンサートホールを設計する建築家を志した築は、高名な建築家であった屋敷司郎に師事し、日本よりむしろ海外での評価の高い建築家となった。
師である司郎には、娘が二人居て、姉娘の屋敷美知と恋中になった築は、彼女と結婚し屋敷姓を継いだ。

息子の建が生まれる頃、海外での仕事が多かった築は、丁度同じころ子供をさずかった兄夫婦の家、つまり築の実家に、妻の美知と赤ん坊の建を預けた。美知の実家である屋敷の家は、人里離れた山奥にあり、建築家としての才能は素晴らしいがそれ以外には問題山積みの司郎のおかげで、お世辞にも母子に良い環境とは言い難い家だったので。

兄嫁である椚原鹿乃子(くぬぎはらかのこ)は、この同居をむしろ喜んだ。大歓迎した、と言っていい。聡一の母である鹿乃子は、文化人類学者であり、オセアニアの奥地に単独フィールドワークに入ってしまうような活発な女性だった。どちらかというと、おっとりとしたインドア派の優しい性格だった義妹の美知を、義姉である鹿乃子のほうが頼りにする有様だった。
美知の人柄と家事育児能力とに、すっかり安心した鹿乃子は、安心しすぎて自分の息子である聡一を、美知にまかせて、仕事に復帰してしまった。
つまり、職場であるオセアニア奥地に出向してしまったのだ。
かくして、幼い男の子を二人抱えて、てんてこまいしている美知の住む椚原家に、美知の妹の由香里が手伝いにやってきたのである。
聡一と建にとって由香里は、姉のような、半分母の様な存在だ。


「由香里さん。何かあったんですか?」
茶の間に上がり込む聡一を、由香里が、マイ湯飲みをテーブルに戻しながら、やんわりと止めた。


「おかえりなさい。聡一ちゃん、急に呼びだしてごめんね。まぁ、着替えて来てね。あ、建ちゃん、このお茶美味しいわ、おかわりちょうだい」
「…はい、はい。着替えて参ります」


トレーナーにGパンという私服に着替えた聡一が、茶の間に戻ると、由香里はソファから畳の座布団に移動していた。
「姉貴、このセンベイも食べる?」
母の実妹であるこの若い叔母を「姉貴」と呼ぶ建が、お茶菓子で接待している。
「由香里さん?話って?」
対して、聡一は藪茂由香里のことを(由香里さん)と呼ぶ。
この呼称の違いは、聡一が由香里に対して他人行儀にふるまっているわけでは無い。


◇◆◇ 


 


続く


 


 


 


 


 

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「リトレース」
…◇◆◇…

「なぁ!ハイオク!ハイオクだってよっ!?」
「廃屋ぅ?」
 田代康男のカタカナ発音を椚原翔は、小学1年生にあるまじき漢字変換で聞き取った。
こういう何げない場面に、その子供の家庭環境が出るのだ。これが、自動車好きの子供なら『ハイオクガソリン』とでも聞き返すところだろう。
「おまえ、廃屋なんて意味知ってるのかよ?どっかの空き家だろう?すぐ次の住人が越してくるさ」
「でもよ。われら探偵団としては一応調べておくべきなんじゃねーのか?」
康男の誘いを翔はあっさり却下する。
「そこで何か事件でもあったってならともかく、空き家を見学に行くのなんかパス」
「あ。ボクも今日は家族で出かけるから、参加できません」
(探偵団)の一員である泉良彦が、昇降口で几帳面そうに靴ヒモを直しながら話しに入ってきた。
「いいじゃねーかよー。もしかしたら、オレ達の秘密基地にできるかもしれねえんだぞー?」
 (それが狙いかよ)
翔の内心の呟きを聞き取ったかのように、藪茂しいねが、自分も靴を下足箱から取り出しながら言った。
「たとえ空き家でも、不法侵入は犯罪よ…?」
「ちぇーっ…いいじゃんかよーっ。怪しい人影を見た!って言う噂もあるんだぜー?」
まだ諦め切れずにごちゃごちゃと理由を並べる康男を置いて、昇降口から校庭に降りた翔を、同じく(探偵団)の一員である保坂初美が追って来た。
 「ねぇ、カケルくん?今日、後でカケルくんち行ってもいい?…新しいラビットフードみつけたの。『森のクッキー屋さん』って言うのよ♪おいしそうでしょ?」
「タテル兄ちゃんの部屋ぁ?どうかなぁ?」
翔は、興味無さそうに返事をした。
マンション住まいでペットが飼えない初美は、ペットショップで可愛いグッズやおやつを買い込んでは、屋敷建の鳩やウサギに与えるのを趣味にしているのだった。
 「…今日は、ダメなの?」
ちょっと悲しそうな顔になる初美に、しいねが声をかける。
「あら、大丈夫よ。タテルちゃんが、女の子のお願いを断るわけが無いじゃないの」
「え?ううん、いいの。だって、建お兄ちゃん、今忙しいんでしょ?きっと手品の練習とかしてるのよね?」
「…練習っていうよりも…研究……」
翔が、またぼそぼそとつぶやいた。どこかつまらなそうなその表情を見逃した初美が、楽しそうに言う。
「今度公民館のお楽しみ会で、建お兄ちゃんオンステージだもんねーっ♪うちのママも楽しみだって言ってたもん。…どんな手品見せてもらえるのかなー?」
 家に帰る分かれ道で、楽しそうに手を振ると、初美は角を曲がった。
 二人きりになると、しいねが、たいして興味も無さそうに、それでも話しかける。
「大人気ね、タテルちゃん。公民館の大ホールの話しでしょ?市民の日のアトラクション、だったかしら?」
翔は、むすっとしたまま答えない。
「何スネてるのか知らないけど。…まさか、大好きなお兄ちゃんが町の皆にとられそうで嫌だ…なんて理由なんじゃないでしょうね?」
皮肉めいた洞察を披露する時の、猫の瞳のような彼女の視線に、翔が怒ったように振向く。
「そんなんじゃねーよ。ばーろ!」
 家で二人の兄に対する時の態度や口調とは雲泥の差がある。
「ブラコン」
 幼馴染でお隣さんで遠い親戚の少女の決め付けに、翔はイヤそうに顔をしかめた。
「別に…別に、町の連中なんか、何人集まろうが、関係ねーよ」
そう。どんなに人が詰めかけ屋敷建に声援を送ろうとも、そんなのは、ただの観客だ。
あの兄は、観客を楽しませることには専心するだろうが、それは決して個のレベルまでは下りて行かない。
でも、一人だけ。
あの兄の前に、個人として立つ者が、一人だけいる。
そして、ややこしいことに、その一人は。
翔自身にとって、特別なもう一人なのだ。


「あのよぅ…」
翔は、足元の小石を蹴飛ばすと、下を向いたまま話し出した。
 しいねは、無表情に自分の進む前だけを見ている。
けれど、彼女がちゃんと話しを聞いていることはわかっていたので、翔は話しを続ける。
「タテル兄ちゃんはさ…手品を見せてくれることはあっても、練習してるとこを見せてくれたことは一度もねーんだ」
「当然でしょ?タテルちゃんが、未完成な技を披露するわけ無いじゃない。」
 「でも…でも、そーいち兄ちゃんは、ちゃんと見せてもらえるんだぜ?」
 無表情のまま、しいねが、話しの先を促す。
「タテル兄ちゃんの部屋に…そーいち兄ちゃんだけが入れるんだ。それで、手品の批評とか、相談とか、そーいち兄ちゃんだけが、相談してもらえるんだ。」
 相談してもらえる、という表現に、少女の口元が少しだけ笑った。
「あら?なぁにやきもち焼いてるの?…同じ兄弟なのに、自分だけがノケモノの気分?」
からかうようなその言い方に、翔は不満そうに唇を尖らせた。
「除け者、とまでは言わねーよ!ただ、たださぁ、オレだって、タテル兄ちゃんの力になれるかもしれないじゃねえかよっ?!年が同じだからって、そーいち兄ちゃんばっかりっ」
「それがヤキモチ」
 しいねは、おかしそうにくすくす笑ったが、すぐにその笑いを消し、真面目な顔をして言った。「仕方ないわよ。年齢がどうこう以前の問題ね…そーちゃんは、屋敷築を知っている。あなたは、会った事が無い。…この差は永遠に埋まらないと思うわ。」
「だって、だって!」
「まぁ、いいから話しを聞きなさいよ。…ま、私の話しだってママからの受け売りだけど。」
そう前置きすると、しいねは昨日の夕飯の献立でも復唱するような、気負いの無い口調のまま、彼女の母から聞いた昔話を始めた。


…◇◆◇…


 


くるくると、本物の魔法使いのように建の父、屋敷築の指先から掌から生まれ、湧き出し零れ落ちてゆく、うつくしいもの。
 冷静な大人の目で見れば、それはただのカラーボールやガラス球やリボンやぬいぐるみでしかなかったのかもしれない。
けれども、それはたった二人っきりの観客である子供にとっては、終わりの無い夢のようなものだった。
ひとしきり手妻を披露すると彼の人は、小さな息子を手招きし、その奇跡の指を、小さな手に沿えて手ほどきをするのが常だった。
 父のように、くるくると指先が動くまで、幾度小さな掌は、うつくしいこぼれものを取りこぼしてしまったことか。
そして、もう一人の子供が、けらけらとそれをからかうのだった。


やがて、小さな掌が、彼の人のように奇跡を生み出せるようになると、もう一人の子供から投げられる笑い声は、なんとかして奇跡の正体を見破ろうとする真剣な凝視に変わった。
 その真剣な眼差しと、父親の満足そうな(けれど真摯な)眼差しの、その二つの間で、父と同じ魔法を使う時間が、その子供の何よりも幸せなときだった。


…◇◆◇…


 


「わかるかしら?…タテルちゃんにとっては、そーちゃんが見ていてくれるってことが、大切なのよ。…そーちゃんに、何かアドバイスを期待してるっていうよりは、タテルちゃんにとっての想い出の一部として必要なのよね…」
しばらく無言でいた翔は
「…それって、なんかイヤだなぁ…」 とつぶやいた。
 「あら。まーだヤキモチが収まらないの?」
 「…ヤキモチ、とか…そーいうんじゃねーよ。なんか…なんかさぁ、それって不健全っぽくねえか?」


大事な兄の片方が、翔が会った事の無い相手の面影を追って、目の前にいる兄弟も想い出のよすがでしかないかのような指摘はなんだか、嫌だ。
 しいねが笑った。
「あら?大切なものなんて、人それぞれじゃないの?第一、それってタテルちゃんとそーちゃんの二人に対して失礼よ…椚原くんにはあの二人が思い出しか追いかけてない人に見えるの?」
そう言って、彼女は笑った。いつものシニカルな笑みではなかった。


 


…◇◆◇…        


        


 


「これ、違うよなーっ!なんか、違うよなーっ!!??」
「おめーしつっこ過ぎっ!!この俺が見て、(うっわー、すげぇ…)とか思っちまうんだぞ?誇れ!!だいたい、そんな気合い入れねえでも、公民館で町内の連中に見せるだけだろー?」
「何を言う!そーいち、きさまは、エンターティメントを!この屋敷建サマを!マジッシャンを!なんと心得るかっ!?舞台が何処だろうと、観客が誰だろうと、何人いようともっ!!常に真剣にだなぁっっっ!!」
「あ~~わかったわかった…俺が悪かった。失言だった。だから、んな握り拳固めるんじゃねえっ!!…鳩が潰れるぞっ!!」
「誰が潰すかっ!?きさま、ますますもって手品をなんと心得おるっ!そこへなおれっ!手打ちにいたすっ!…あ、そーだ♪なぁなぁそーいちちゃーん?こう…箱の中に入ってさぁ?刀で真っ二つ!!あら不思議、元通り♪ってあれ。あれやってみようぜ?」
「誰が切られる方なんだ?てめえか?」
「イヤなそーいちちゃん♪マジッシャンは俺よん?切られるのはアシスタント♪」
「てめえが切られろおおおお!!」


…◇◆◇…


 


そんなやりとりの後、恒例のどたばた暴れる音が響く。
兄の部屋の前で、翔は頭痛でも起こしたようにこめかみを押さえた。


(しーね……おめーに聞いた、兄ちゃんのウツクシイ絆…オレ、信じられねー)


 

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このタイトルのままでいいのかしら。

*今回の追加人物*
藪茂 しいね (やぶしげ しいね)
屋敷建の親戚。つまり椚原の二人にとっては遠縁であり翔とは同級生。 しいねの両親が留守気味な椚原家の厄介事引き受け係と化しているので3兄弟は頭が上がらない。ついでにしいね相手にも頭が上がらない。



…◇◆◇…

「笛は歌う」


玄関のベルが軽い音と共に来客を知らせる。
 台所で夕飯のお菜の仕込みの真っ最中だった建は、濡れた手を手早く布巾で清め、壁に取り付られたインターホンのスイッチを押した。
わざと意識した子供っぽい口調を作る。
 「は~い?誰ですかぁ?あのぉ、大人の人がいないんで、せーるすもかんゆーもお断わりしてまーす♪」
 一瞬の間の後、インターホンから、冷めた口調の返事が戻って来た。
 「…あら…ステキな応対方法を教わったわ。私も、今度試してみましょう。」
 家庭用の、ちょっと粗悪なインターホンを通してさえ、聞き間違え様の無いその声音に、建の口もとが、微妙なひきつりを見せた。
 「げげっ。もしかして、しーねちゃん?」
 「仕方無いでしょう?呼ばれたのは私の方なんだから。…(げげ)は、お邪魔してもいいのかしら?」
 「ははは。やだなぁ、しーねちゃんってば。呼んだって?翔が?しーねちゃんなら、どんどん上がって来てくださいよ。」
 「あら。親しき仲にも礼儀有り。でしょ?じゃ、お邪魔します。」
 「はいはい。お待ちしてますよー」
インターホンごしにそう答えスイッチを切ると、建はたったいまゴールしたばかりのマラソンランナーのような疲れた仕草で、スイッチを切った。
 「おーい!翔!しーねちゃん来たぞーっ!」
 台所を出しなに、2階を仰いで弟に声をかけ、その足で玄関まで迎えに出向く。
そこには、弟と同い年の少女が、不機嫌にさえ見える無表情で立っていた。
 両手に下げたフェルトのお道具袋から、パンフレットのような薄い冊子や、革の筒が頭を覗かせている。
 「こんにちは」
それだけ言うと、少女は、自分の家に上がる以上の気安い仕草で靴を脱ぎ、さっさと廊下を歩き出した。
 「こんちは、しいねちゃん。今日も可愛いね♪」
 決してお世辞を使っているつもりでは無い。建にとっては女の子相手の通常の挨拶である。
 (実際、愛らしい少女なのだ、外見だけは。愛想はカケラも無いが。)
「あら、ありがとう。お上手ね、建ちゃんって」
という、およそ小学一年生とは思えない、気の無い返事だった。
 (あああ。しいねちゃん、姉貴に仕込まれてるなぁ…はよ、降りて来い、翔。レディを待たすな。) 
ついつい弟に助けを求めてしまう建だった。
 決してこの少女を嫌っているわけではないが、とにかく苦手なのだから仕方が無い。
そこに、ぱたぱたと翔が階段を降りて来た。
 「いらっしゃい。」
にこにこと出迎える翔を、しいねが、相変わらずの気の無い口調で促す。
 「こんにちは。じゃ、さっそく始めましょうか?あまり時間も無いことだし?」
 「じゃ、ボクの部屋行こう。」
くるり、と回れ右をする弟に、声をかける。
 「おい、翔。何始めるって?」
 「んー?あのね、練習するの。リコーダーの練習。」
 階段に飾ってある鉢植えの間から、そう返事が帰って来た。
 「あぁ、学校の宿題かぁ?…後でなんかオヤツ持ってってやろうか?」
 気をきかせたつもりの建の申し出は
 「いい。邪魔しないでー」
 「…お構いなく…」
という、なんだか取り付く島の無い返事と、子供部屋の扉が閉まる音で却下された。


その10分後。
 台所に戻って、じゃがいもの面取りを始めた建の耳を、なんだか形容し難い音波がつんざいた。
 思わず包丁を動かす手を止めて耳を澄ます。
 人よりはだいぶん性能が良いと自負している聴覚を、さらにけたたましい高音が襲った。
 「な、な、なんだ?」
 階段を上り、子供部屋の前に立つ。
 盗み聞きをする怪しい人物そのものの動きで、扉に耳をつけた途端、交通指導中のお巡りさん警笛のような高音が響き渡る。
 建は、たまらずに扉を叩き、弟を呼んだ。
 「おい?翔っ!?なんの騒ぎだ?おーい?開けるぞ?」


 子供部屋には、何も変わった物は無かった。
 音楽の教科書と、リコーダーの教本を広げているしいねと、リコーダーをくわえたまま難しい顔をしている弟の二人しかいない。
 「あ~。翔?…まさかとは思うけど、さっきからの怪音波は…?」
 「そうね。たぶん『春の小川』よ。建ちゃんが聞いたものは」
 「はるのおがわあぁ?!」
 素っ頓狂な声がでてしまった。
 春の小川?!
あの、小学校で歌う春の小川?!
 「どうかしら?合奏の調和を乱すかしら。これって」
 「乱すとかなんとか、すでにそういう問題以前だと思う…」
 建は、芝居がかった動作で両手を広げ、祈るように言った。
 「あああ。呪われた血だ…。翔。恨むなら、聡一を恨むんだぞ。かわいそうに…」
その途端、階下から、怒鳴り声がする。
 「おいこらっ!タテルっ!黙って聞いてりゃぁ、何勝手なことほざいてやがるっ!なーんでオレを、そこに出す?!」
 怒鳴り声の主は、聡一だった。
 本屋の包みを大切そうに抱えているところを見ると、お気に入りの推理小説を手に入れて来たのだろう。
 「タテルっ!おまえ、そこ動くなよっ!?」
そう言い残し、自室に入ってしまう聡一である。大事な本をちゃんとしまってから次の行動に移るつもりらしい。
 (その気の回りかたが、もっと日常常識に向けばなぁ…)
 身内の行動パターンを熟知している建である。


 子供部屋に入って来るなり、聡一は、建に詰め寄った。
 「おい?なんで、オレが翔に恨まれなきゃぁならんのだ?!」
 「帰って来るなりいばんな。…春の小川、おまえ吹けるか?」
 「?春の小川?… ♪はぁ~るのお~がわぁはー♪さらーさぁ~らぁーゆくう~よ~♪ってこれか?」
 室内が、一気に しん…と静かになる。
 しいねが、翔の肩を叩き、言った。


 「聡一ちゃんを恨みなさいね?」


 「…!!!」
 言いたい文句は有るのだが、言葉にならない聡一の視線を気にするでもなく彼女は、先を続ける。
 「だって、建ちゃんは歌が上手よ?」
 「で、で、でもっ!楽器は下手かもしんねえぞ?こいつもっ!」
 10才下の女の子相手の態度にはほど遠い口調で聡一は、急展開においてけぼりを食らい石地蔵と化してしまった弟の手からリコーダーを取り上げた。
 「こいつは」では無く「こいつも」なところが、聡一も、なかなか自分を知っていると評価できよう。
おざなりに上着のスソで吹き口を擦り、そのまま建に押し付ける。
 「さぁ吹け!!見事に吹いて見せろっ!」
なんだか、善良な村人を責める悪代官のようだが、気にしてはいけない。
なにやら対抗意識を燃やす相手からリコーダーを受け取った建は、余裕の笑みを浮かべると、舞台から貴賓席に挨拶するかのような仕草でしいねに向かって首をかしげてみせると、チョコレート色の吹き口を、唇に当てた。


  
 春の小川、がリコーダーから流れ出た。
 素晴らしく上手い、というわけにはいかないにしろ、普段触る機会が無いはずの男子高校生が突然押しつけられたとは思えないきれいな旋律が流れていく。


 しいねが、再度翔の肩を叩いた。
 「ね?聡一ちゃんを恨みなさいね?…まぁ、そう気を落としたものでも無いと思うの。音楽ダメでも、ちゃんと、いい高校行けるのよ?ねぇ?聡一ちゃん?」


そのセリフに笑い出してしまって建の唇から離れた自分のリコーダーを奪い返した翔が、半泣きになる。
 「もういいから!みんな出てってよぉっ!!」
 「…椚原くん?合奏会は明後日よ?…吹き口に、セロテープ貼る?」
 しいねが、刺さなくてもよいトドメを刺した。


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今から始まる読み物は、私がかなり前に書いたモノの焼き直しです。

題名も何もあやふやなので仮に『3兄弟モノ』としておきます。
高校生の同い年の兄(双子ではなく従兄同士)と小学生の弟3人が暮らしていて両親は留守という、典型的に何も考えてないよくある設定でした。
…◇◆◇…
*あやふやな登場人物紹介*

椚原聡一(くぬぎはらそーいち)
長男ポジション。スポーツ万能成績優秀なれど、音楽芸術関係が全てを飲み込む残念さを誇る。探偵小説大好き。
屋敷建(やしきたてる)
次男ポジション。聡一の従兄(父親同士が兄弟)早くに父を亡くし椚原家で育てられた。家事全般を受け持つが魚嫌いが玉にキズ。趣味は、亡き父に手ほどきされた手品。
椚原翔(くぬぎはらかける)
聡一の弟。小学1年生。年齢が離れているのは椚原夫妻が長男と甥っ子をほっぽって海外に仕事に出たあげく
(お互いの仕事は異なるのでてんでんばらばらになる夫婦)、たまたま数年後に海外で出会ったせい(……)兄を小型軽量化したような容姿、サッカー少年成績良好、音楽芸術関係残念、探偵小説マニア。

…◇◆◇…

「さんま」

自室の隣。南はじの子供部屋から突然聞こえてきた叫び声に、聡一は、大きめの事務用封筒(ごていねいに
『証拠物件 重要』などと朱書きされている)を、今そこから取り出したばかりの学習机(笑)の引き出しに再び戻し
「あーもう!うっるせえなぁ…」と文句を言いつつ腰を上げた。
少し古いが、しっかりした造りの我家の室内から、ああもけたたましい叫びが響いて来る、というのはあまり尋常な事態とは言えない。


ノックもせずに、年齢の離れた弟の部屋の扉を開く。
そこには、サッカーボール模様のまぁるいクッションの上で自分の耳を自分で塞いでいる年長者となにやらホチキス止めしたコピー用紙の束を抱えたまま困り顔になっている年少者の姿があった。
「うるさいぞ!タテルっ!おまえ、カケルの部屋で何叫んでやがるっ?!」
叱られたほうの年長者が、なんだか情けない声で状況説明を開始する前に、彼等の弟が口を開いた。
「あ、ねぇねぇ、聡一兄ちゃん、聞いてよっ!タテル兄ちゃんったらね、サンマはダメだって…」
「さんま…。ナマモノ握らされでもしたんならともかく、単語にまで悲鳴あげんのか?おまえは」
呆れたように言いながら、聡一は建の前に立ちはだかった。
いわゆる 仁王立ち のような、いばりん坊体勢である。
「だいったいなぁ。おまえが魚嫌いだってのは、もうオレは諦めた。好きに偏食してやがれ!けどなぁ。カケルを巻き込むな!ってば。小学一年生の育ち盛りの時期に、魚をいっさい食わせねぇなんてそんな親が何処にいるっ!?」
「親、じゃぁないと思うけど?」
びしっ!!と建を指差して決め付ける彼の後ろで、翔が冷静に突っ込みをいれる。


「オレもおまえも、かあさんのメシを同じに食って育ったんだかんな?(幼児期の体験がどーのこーの)っていう話しは聞かねぇからな?」
 
この場合の『かあさん』というのは、屋敷建の産みの母のことである。


「あ~っ!あ~っ!だ、誰が、いつ、おふくろのせいなんかにしたってんだよっ?!そんなら聡一が魚食えるのは、希子ねえさんからの遺伝だろっ!」


この場合の『希子ねえさん』というのは、椚原聡一、翔の産みの母のことである。
 
「やかましいっ!おやじとおじさんは、実の兄弟だぞっ!母方の遺伝もくそもあるかよっ。」


翔が、二人の兄の間に割って入った。
「あのさぁ。今はそんな話じゃなくってボクの宿題をさぁ」
その弟の肩に手をかけ、聡一が尋ねる。何をムキになっているのか、拳まで握り締めていたりなんかする。
「なぁ、カケル?魚、好きだよなぁ!?魚、美味いよなぁ?!…タテルに遠慮して、魚食いのホタル族に
 なるのなんか、やだよなっ!?」
「…魚食いのホタル族…」
煙草の煙を嫌う家族のために、外でさみしく煙草を吸う姿と。
魚嫌いの建が焼き魚の煙まで嫌うために、外でさみしく焼き網を焦がす姿と。
「まぁ、似て無いこともない……かもね…」
呆れたように返事をする弟の頭上で、聡一はまだエキサイトしている。
どうやら、魚を食べたいのは、聡一自身の方らしい。
「サンマ。イワシ。アジ。まぐろにかつお。くじら、タイにさばにブリに」
「…哺乳類が混ざってるよぉ……」 
突っ込みをいれる弟と、「種類を連呼するなぁぁぁ!」と耳を塞ぐ相手の前で、海のイキモノの名を並べ続ける聡一。
その聡一に、翔が手にしていた綴りを差し出した。
「あのさ、聡一兄ちゃん。今は食べ物の話してる場合じゃないの。ボク、さっさと宿題終わさないと。学校でサッカーする約束してるんだよぉ」
「あ?ああ、わかった。悪い。で、なんの宿題だって?」
そこはそれ、お兄ちゃんである聡一は、翔の言葉に(海の生き物達、お名前暗唱)を止めた。
「国語だよ。あのねぇ、詩を5回朗読して、おうちの人に聞いてもらって、ハンコもらって、この詩を聞いたおうちの人の感想ってのも書いてもらうんだよ?」
「なんだ、簡単じゃん。じゃ、聞いてるから、読んでみろ?」
「うん!」
嬉しそうにうなづくと、翔は持っていたコピー用紙の束を広げ、よくとおる子供の声で読み上げた。


「さんま、さんま、そが上に青き蜜柑の酸(す)を したたらせて さんまを食ふは 
 さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」


ぶっっ!!と、聡一が吹き出した。 
建がつぶやく。 「もっと…凄い描写があんだぞ?これ…」


「…父ならぬ男に さんまの 腸(はら)をくれむと…」


「いい詩だなぁ!それ!…じゃ、こいつじゃなくって、オレが聞いて、感想書いてやろうか?」
「それはダメっ!」 と、建。
「他の教科はともかく!そーいちは、音楽と美術と国語は絶対にっダメっ!」
「なんなんだよ~。それは」
じと目になる聡一を物ともせず、建は言葉を続けた。
「ダメに決まってるの!おまえ、前にも名作をめちゃめちゃにしてカケルに読んで聞かせたろっ?」
「…いつの話しだよ?」
「マザーグースを、伝奇推理読み物にしちまったのは、おまえらだろうがっ!?」
「ああ。あれかぁ♪」
ぽん、と手を叩く翔に、聡一が首をかしげてみせる。どうやら、彼には思い当たることは無いらしい。
「ほら、あれだよ。聡一兄ちゃん。 だれがこまどり 殺したの?……て、やつ。
 でも、あんなの推理にならないよねぇ?なんたって 『それはわたし』なんて、
 自白しっちゃうんだもんね。スズメったら」
「いや、オレは、あの雀の唐突な自白には裏が有るんじゃないかと睨んでいるんだが」
「そう言われるとそうだね。ボクはねぇ、殺されたこまどりの奥さんにも、何かあると思うんだ。
 だってさぁ、自分の旦那さんを殺したスズメと、すぐに結婚しちゃうなんて、不自然だよねっ!」
「そうだな。それと、皿なんかに血を取って、持っていった先が何処だか書いてないんだよな。
 いったい、その血は何に使われたのか……?手がかりが少な過ぎる…… 
 推理小説としては、不完全極まり無いよなぁ!」
「不完全も何もっ!マザーグースは伝統ある童謡なんだって!!この、推理オタクっ!!」
あんまりな会話に切れた建が叫んだ。
そのまま、肩で息をしながら、翔を振りかえる。
「話しをモトに戻すぞっ?なぁ、カケル?それって、一年生の教科書に載るような詩なのか?」
翔の手から、紙の束を取り上げた聡一が言った。
「ふむ。……この (愛うすき父を持ちし女の児は……父ならぬ男に  言ふにあらずや) 
 ここの箇所、ひっかかるな。実の親じゃない?ってことなのか? これって、母親と娘が犯罪に巻き込まれている……という暗示だとすると……」
「だから、純文学で推理小説するなぁぁぁぁぁ!!」
建は、聡一の手からそれを取り上げると、翔に押し付けた。
「おい、カケル!これ、他にも詩が書いてあるだろ?他の詩読むんじゃダメなのかっ?」
「え~、そんなこと言われても~。グループ作って手分けして読むんだよ~」
メガネの奥の大きな瞳が、さも困りました と言いたげにうるうるする。
「おい、タテル!カケルが可哀相だろっ。ーー感想書いてやれよ?」
自身の読書感想文能力の限界を、実は自覚している聡一が逃げた。
「なぁ、カケル?他はどんな詩があるんだ?」
どうにかして、無難なものと交換できないか?との建の希望は、彼の弟がおもむろに朗読し始めた (他の詩)によって撃沈された。 それは、
 
   「… 朝焼小焼だ
       大漁だ
       大羽鰮の
       大漁だ…」


で始まる、金子みすずの詩だった……。


 


その後、ついに諦めた建は、弟のために 『秋刀魚の歌』の感想文を書いた。
『秋刀魚』や『腸』の文字が乱舞する内容に苦しみつつも、料理好きの血が『苦いか しょっぱいか』や『涙をしたたらせて食う』の単語に妙な具合に反応してしまったおかげで、彼がものした感想文は、発表会で、1年生と参観の父兄や教師達を怖いほどの静寂に叩き込んだのだった。
そして、どういったルートが働いたのかは不明だが、その感想文は彼の高校にまで流れてしまい


 『特別寄稿作品。 屋敷建くん(佐藤春夫)を語る!!』


などという題をつけられ、彼の高校の文芸部作品集のトップを飾ってしまったのだった。
 


 


 

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